初めてタクシーに乗った時のことを覚えていますか?
私が初めてタクシーに乗ったのは2歳を過ぎた頃。
その時に出会ったタクシードライバーがとても印象的な人で、幼心に良い人だなと思ったのをよく覚えています。
これは大晦日前に祖父母の家に遊びに行った際に出会った、とあるタクシードライバーの話です。
初めて祖父母の家へ!
当時私は、父親の仕事の関係で大阪に住んでいました。
それまでは祖父母のほうが大阪に遊びに来てくれていて、
「いつか、じいじとばあばのお家にも遊びにおいでね!」
と言われていました。
そしていよいよ、今度は私が祖父母の家に遊びに行く番。
両親の実家のある鹿児島へは、モノレールと飛行機とタクシーを乗り継いで行く、大掛かりなものになりました。
鹿児島に着いてからのんびりする計画だったので、私たちが大阪を出発したのは早朝。鹿児島空港に到着したのは朝の10時30分ごろでした。
私にとってはその日、飛行機に乗るのも初めてのことで、見たこともない乗り物に乗る興奮と、朝早くから起きて睡魔に襲われていることもあって、空港に着いた頃にはクタクタになっていました。
そんな元気のない私と、小さな私を連れて気の張りつめている両親をタクシーへ案内してくれたのは、少し白髪の混じった陽気なおじさんでした。
笑顔のタクシードライバー
「どーもどーも!朝早くから子連れで大変だねぇ!」
タクシーのトランクを開けながら手招きをしているそのドライバーは、私を見てニコニコ笑顔で手を振って迎えてくれました。
「今日はどこから?」
「大阪からです。」
祖父母の家のある市街地まで40分ほどのドライブ。
ドライバーと父親が会話を交わしている頃、私は見慣れない大きな茶畑の景色をぼーっと見ながらウトウトしていました。
「この時間に着いたんなら、朝は相当早かったんでしょうねぇ。ゆっくり寝ときなさいね。」
そのドライバーの声を最後に、私は少し意識が飛んでしまいました。
気付いた頃には15分程寝ていたようで、窓の外は茶畑の景色から海と大きな山の景色に変わっていました。
「ママ!やま!うみ!」
見たことのない綺麗で雄大な景色に興奮した私は、覚えたての言葉を母に向かって叫んでいたそうです。
「お嬢ちゃん、あの山はね、ドーン!ってなるんだよー!」
まさに噴煙を上げている真っ最中の桜島を見た私に、そのことをドライバーは分かりやすい表現で教えてくれました。
「お嬢ちゃんたちが鹿児島に来てくれて、桜島も張り切ってるねー!はっはっは!」
私はその言葉と、ずっと笑顔のドライバーのおじさんのおかげで、歓迎されてるのかな!と嬉しく思った記憶があります。
しばらくするとタクシーは建物の多い繁華街に入っていきました。
「正月にはここで催し物があってねー、小さい子が遊べる場所もあるから、連れてくるといいよー!」
「ここのご飯は美味しくてねぇ、お子様ランチもあるから一回行ってみてね!」
タクシーで通る場所を一つ一つ教えてくれるばかりか、小さな私がいても楽しめる場所を教えてくれるドライバーに、両親は本当にありがたい気持ちだったと言っていました。
ドライバーも一人のお爺ちゃん
祖父母の家が近づいてくると、ドライバーは自分自身のことを話し始めました。
「私にもお嬢ちゃんくらいの孫がいてねぇ。可愛くて仕方ないんですよー!だからね、孫が帰ってきたときに喜んでもらえるように、いろいろと考えているんです。」
そう言ってドライバーは、自身の何も持っていない手をよく見せてから握りしめて、口元に当ててふっと息を吹きかけました。
するとそのドライバーの手から、ぶどう味の飴玉が出てきたのです。
「これはおじさんからのお年玉ね!じいじとばあばと、お父さんお母さんの言うことはちゃんと聞くんだよ!」
「ありがとー!」
私は驚きと嬉しさでいっぱいになりました。まだちゃんと発音できていない言葉で、その喜びを表現するために叫んでいたのを覚えています。
そしてついに祖父母の家に到着。
家の前には、私の大好きなじいじとばあばが立って待っていてくれました。
私はタクシー代を払う母の隣で支払いが終わるのを待っていたのですが、そこでまたドライバーと母が少し話していたのを覚えています。
「あーあー、私としたことが!うっかり料金メーターを入れるのを忘れてしまっていました!奥さん、500円でいいよ!」
とても分かりやすいぐらいワザとらしく、ドライバーは料金メーターを隠して母に500円という破格の値段を提示しました。
母はその時、はっきりと料金が1万円近くまで上がっていたのを見たそうです。
「本当にいいんですか?」
そう聞く母にドライバーは、
「みんなで美味しいものを食べに行ってください!あ、このことは誰にも言っちゃいけませんよ!(笑)」
と笑顔で言っていました。
私たち家族は皆、家まで送ってくれたタクシーが見えなくなるまで、ずっと手を振っていました。
幸せでありますように。
もしまだ元気ならば、あのドライバーのおじさんは90歳くらいになっているでしょうか。
あんな優しいお爺さんがいるお孫さんは、さぞ幸せいっぱいなことでしょう。
もちろん私のじいじとばあばだって最高の人たちですが、この時は少しだけ、このドライバーのお孫さんを羨ましく思ってしまいました。